 |
|
 |
|
日本人の生活に日本神話の時代からいつも側にあった畳、それは形を少しずつ変え江戸時代に完成し、今の姿になりました。江戸のころから400年間、建築の基準として形を変えることはありませんでした。日本人の感性を育んできた畳、この平成の時代に新たな畳の歴史が始まります。それがta・tum(タ・タム)です。
ta・tumは、新しい感性を持ち、四畳半の宇宙の原点を重んじ、足から伝わる、畳の温もりと、「すべり」と「とまり」を伝統として受け継ぐことからすべてが始まるのです。
私たちがta・tumを通して、どのように住まうのか、どのように生活に潤いを感じるのか、潤いのある日本人の住まい方を考え、日本人が日本人らしく生きてゆく提案をしてゆきます。 |
|
|
 |
|
|
 |
|
|
 |
|
|
これからの和、私たちの暮らしに和の温かさと安らぎを与えてくれる空間を創るta・tum。自由な発想であなただけの和の世界をお楽しみください。 |
|
|
 |
|
|
 |
|
|
 |
|
|
●庭と畳
庭の中に畳がある、または部屋の中に庭がある。日本人が培ってきた自然との調和と美意識、それを守り発展させ今の日本人の生活に適応した庭のスタイル。そこにこそta・tumがあるのです。私たち日本人だけが持ち得る美意識の中で潤いを感じてください。
●屋外で使用
雨に濡れても、大丈夫な素材を使用し野外で使用。 |
|
|
 |
|
|
 |
|
|
 |
|
|
 |
|
|
 |
|
|
●家の中のギャラリー
住まいの中にギャラリーがあるのは、世界中どこを探してもこの日本の住まいにしかないのです。壁に絵画を飾ること、玄関ホールに彫刻を飾ることなどはあるかもしれませんが、軸を掛け、花を生け、四季折々の表情と季節の行事を表現するスペースは、日本家屋の床の間だけなのです。 |
|
|
 |
|
|
 |
|
|
●床の間の意味
床の間の成立は室町時代にさかのぼります。僧侶の住まいにおいて、部屋の壁に仏画をかけ、その前に机をおき、香炉・花瓶・燭台の三具足(みつぐそく)をならべたのが床の間の原型であります。15世紀の初頭には、この装置を建物につくりつけにした押板(おしいた)が登場し、貴族や武家の住宅にも広まりました。ただし、支配者層の住宅では仏画の代わりに中国伝来の掛軸がかけられました。室町時代の上流階級では、中国の絵画や工芸品を唐物(からもの)といって珍重し、部屋に飾るのが流行していました。16世紀後半になると、押板・違棚・付書院は唐物飾りの場所というより、壁面に造作された装置そのものとして部屋を荘厳化する道具になりました。その典型的な例は、17世紀前半に建築された京都二条城二の丸御殿大広間で、一の間奥には押板・違棚・付書院が並び、押板の奥の壁には金地極彩色で松の絵が描かれています。
江戸時代、床の間を設置した座敷は、近世の社会秩序を表現する空間として、武家住宅はもちろんのこと、民家でも欠かせないものになっていきました。そして、現在でも和室を装飾し室内空間に秩序を生みだす装置として、その伝統は継承されています。 |
|
|
 |
|
|
 |
|
|
 |
|
|
●これからの床の間ta・tum
床の間は生活の中に自然と美と秩序を生かし、心に潤いをもたらすギャラリーなのです。その心を我々は脈々と受け継ぎ絶やしてはならないのです。現代生活様式の中での床の間、それは、新しい感性のta・tumが創る空間で、癒しと潤い、自然と美意識を表現し現代の秩序を生みだすのです。その癒しと潤いの時をお楽しみ下さい。 |
|
|
 |
|
|
 |
|
|
 |
|
|
全く新しい「ta・tum」ですが、伝統を守り続けています。それは、足元です。足袋を履いて畳の上を歩く、この時の滑りと留まり、この感覚が日本人にしか判らない畳文化の伝統なのです。「ta・tum」は、畳表とまったく同じ織り方をすることと、素材の肌触り、質感を追求し、「滑りと留まり」を実現しました。「ta・tum」の上で京都の芸子さんが目隠しをして舞っても、その「滑りと留まり」はなんら変わりません。 |
|
|
 |
|
|
 |
|
|
 |
|
|
 |
|